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福岡高等裁判所那覇支部 平成7年(ネ)99号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人横山とみ子に対し、金一〇八四万〇五八四円、同横山友美及び同横山欣也に対し、各金七四二万一一四八円並びにこれらに対する平成四年七月一六日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

三  この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」(原判決二枚目裏三行目から同八枚目表一〇行目まで)に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決二枚目裏五行目の「横山とみ子」の次に「(昭和二〇年一〇月一四日生)」を、同行の「横山博信」の次に「(昭和二〇年一月一日生)」を、同六行目の「横山友美」の次に「(昭和五三年一月一四日生)」を、同七行目の「横山欣也」の次に「(昭和五七年七月二二日生)」を、同三枚目表四行目の「死亡した」の次に「(以下「本件事故」という。)」をそれぞれ加える。

2  同三枚目裏二行目の「子供二人の分加給」を「子二人の分各二〇万九一〇〇円合計四一万八二〇〇円」に、同四行目の「妻の分加給」を「妻の分二〇万九一〇〇円加給」にそれぞれ改め、同五行目裏一〇行目の「の翌日」を削除する。

3  同七枚目表末行の「これらを」から同裏一〇行目末尾までを次のとおり改める。

「〈3〉障害基礎年金額のうち子の加給分についてはその子が一八歳に達した時点で、障害厚生年金額のうち妻の加給分については妻が六五歳に達した時点でそれぞれ加算の要件が消滅するから、それ以降は、右各加給分を減額して逸失利益を算定すべきである。

なお、博信の死亡により、被控訴人とみ子は、博信によって生計を維持していた妻として、遺族年金を受給しており、それらの存続及び履行は、現実に履行された場合と同視できる程度に確実視されるところであるから、平成四年八月から当審口頭弁論終結日の属する平成八年八月までの右受給済み分及び受給確定分のほか、将来発生するものについても、被控訴人とみ子の損害賠償債権額から控除すべきである。なお、右受給済み分ないし受給確定分の額は、平成四年八月から原審口頭弁論終結の日の属する平成七年八月までの受給確定分五三六万〇六八三円及び平成七年九月から当審口頭弁論終結時の日の属する平成八年八月までの受給確定分一七八万一〇三〇円(平成七年九月から平成八年三月までの確定分一〇九万三八六五円及び平成八年四月から同年八月までの確定分六八万七一六五円)の合計七一四万一七一三円である。」

4  同八枚目表一〇行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「三 控訴人の主張に対する認否

被控訴人とみ子が、博信の死亡により、平成四年八月分から遺族年金の受給を受けており、同月分から当審口頭弁論終結日の属する平成八年八月分までの右遺族年金受給済み分ないし同受給確定分が合計七一四万一七一三円であることは認める。右遺族年金の未確定分まで被控訴人とみ子の損害賠償債権額から控除すべきであるとの主張は争う。」

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1ないし3については、当事者間に争いがない。

二  博信の逸失利益

1  証拠[甲一ないし三、被控訴人横山とみ子本人]及び弁論の全趣旨によれば、博信は、本件事故当時、第一級障害者として、国から、障害基礎年金として年間一三二万四八〇〇円(うち子二人の分各二〇万九一〇〇円合計四一万八二〇〇円加給)と障害厚生年金として年間一二〇万〇九〇〇円(うち妻の分二〇万〇九〇〇円加給)の合計年間二五二万五七〇〇円の障害年金を受給していたこと、被控訴人らの本件事故当時における生計は、右障害年金により維持されていたこと、博信は、本件事故により死亡し、それにより右各年金の受給権を喪失したこと、以上の事実が認められる。

2  まず、他人の不法行為により死亡した障害年金受給権者の得べかりし障害年金を逸失利益として相続人が相続によりこれを取得するか否かについて検討するに、国民年金法に基づいて支給される障害基礎年金も厚生年金保険法に基づいて支給される障害厚生年金も、当該受給権者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと解されるから、他人の不法行為により死亡した者の得べかりしこれら障害年金は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得し、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第二九七号同五年九月二一日第三小法廷判決・判例時報一四七六号一二〇頁参照)。したがって、博信の相続人である被控訴人らは、博信の得べかりし障害年金を、その逸失利益として相続により取得し、控訴人に対してその賠償を請求することができる。

3  博信は、後記5認定のように、本件事故当時、日常生活において殆ど介助を受けなければならない身体的状況にあり、将来においてもその改善が困難であったが、その他の同人の身体的、精神的状況を総合すると、博信が同年令の健康な平均的男子より特に短命であろうとは認められないから、博信が本件事故により死亡しなければ、博信に対する障害年金は同人が生存している限り支給される蓋然性が高いと認められ、博信の得べかりし障害年金の支給期間は、同人の平均余命までとするのが相当である。控訴人は、博信の余命期間は一五年とするのが相当であると主張するが、本件事故当時の博信の身体的状況をもって、同人の余命が平均余命より短いといえないことは右に述べたとおりであり、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。博信は、昭和二〇年一月一日生まれで(争いがない)、本件事故当時、四七歳であって、本件事故時である平成四年簡易生命表によれば、右男子の平均余命は三一年であるから、博信は、本件事故がなければその後三一年間障害年金を受給し得たものというべきである。

4  障害基礎年金受給額のうち、子の加給分(一人につき二〇万九一〇〇円)については、その子が一八歳に達した日以後の最初の三月三一日が終了したときはその翌月から加算されなくなり(国民年金法三三条の二第三項六号本文)、障害厚生年金受給額のうち、妻の加給分(二〇万九一〇〇円)については、妻が六五歳に達した月の翌月から加算されなくなる(厚生年金保険法五〇条の二第三項、四四条四項四号)。そうすると、本件事故がなければ博信に支給されたであろう障害年金の額は、〈1〉平成四年八月から被控訴人友美が一八歳に達した日以後の最初の三月である平成八年三月まで(三年八か月)は年額二五二万五七〇〇円、〈2〉平成八年四月から被控訴人欣也が一八歳に達した日以後の最初の三月である平成一三年三月まで(五年間)は年額二三一万六六〇〇円、〈3〉平成一三年四月から被控訴人とみ子が六五歳に達した月である平成二二年一〇月まで(九年七か月)は年額二一〇万七五〇〇円、〈4〉平成二二年一一月から平成三五年七月まで(一二年九か月)は年額一八九万八四〇〇円となる。

5  次に、障害年金は、これによって受給権者及びその家族の生計の維持が予定されているものであるから、博信の逸失利益の算定に当たっては、博信の死亡により支出を免れた生活費その他の費用を控除するのが相当である。

被控訴人とみ子が博信の妻であり、同友美及び同欣也が博信の子であり、被控訴人らは博信の障害年金により生計を維持していた(前1認定)。博信は、平成元年九月に脳内出血で倒れ、平成三年一〇月に控訴人病院に入院するまで左半身麻痺、構音障害で意思疎通ができず寝たきりの状態であり、その後本件事故発生までの間に、ごく簡単な筆談ができ、車椅子に座れ、右手にスペーンを持って食事をすることもできるようになったが、左半身麻痺は改善が不可能とされ、衣服や排便のためのおむつの着脱及び食事には介助が必要であり、将来も独立して生活するまでの改善は困難と考えられていた(甲四の1、2、証人高嶺朝広、被控訴人横山とみ子本人)。博信は、平成四年二月に控訴人病院を退院した後は、一か月程度肺炎で同病院に入院したものの、それ以外は自宅で療養し、その介助は他に依頼することなく被控訴人とみ子が行っており、被控訴人とみ子は、博信が死亡した後は就労して、月収約一〇万円を得ていた(甲八の1ないし3、被控訴人横山とみ子本人)。これらの事実を総合考慮すると、博信の逸失利益の算定に当たっては、同人の得べかりし障害年金から、同人の生活費としてその収入の三〇パーセントを控除するほか、博信が死亡しなければ本件事故後も必要とされる同人の介助費用相当額として年額一〇九万五〇〇〇円(日額三〇〇〇円)の割合による金額をも控除するのが相当である。

そうすると、博信の逸失利益算定の基礎となる収入金額は、前記4〈1〉の三年八か月は年額六七万二九九〇円、同〈2〉の五年間は年額五二万六六二〇円、同〈3〉の九年七か月は年額三八万〇二五〇円、同〈4〉の一二年九か月は年額二三万三八八〇円となる。

6  そこで、右各期間の各収入額から新ホフマン係数により中間利息を控除して本件事故当時における博信の逸失利益の現在額を算定すると、三年八か月の右係数は三・二八六五、八年八か月のそれは七・〇四八三、一八年三か月のそれは一二・七三一四、三一年のそれは一八・四二一四であるから、次のとおり、七六八万四五九五円となる。

672,990×3.2865+526,620×(7.0483-3.2865)+380,250×(12.7314-7.0483)+233,880×(18.4214-12.7314)=7,684,595

三  博信の慰謝料

博信及び被控訴人らの年齢、本件事故の態様、本件事故当時の博信の健康状態、本件事故当時の博信と被控訴人らの生活状況その他本件において現われた諸般の事情を考慮すると、博信に対する慰謝料は一〇〇〇万円とするのが相当である。

四  被控訴人らの相続

被控訴人とみ子が博信の妻であり、被控訴人友美及び同欣也がそれぞれ博信の子である(争いがない)から、博信の死亡により、博信の前記二の逸失利益及び前記三の慰謝料合計一七六八万四五九五円の損害賠償請求権について、被控訴人とみ子はその二分の一(八八四万二二九七円)を、被控訴人友美及び同欣也は各その四分の一(各四四二万一一四八円)をそれぞれ相続した。

五  被控訴人とみ子の遺族年金受給額の控除

被控訴人とみ子が、博信の死亡により、平成四年八月分から遺族年金の受給を受けており、同月分から当審口頭弁論終結日の属する平成八年八月分までの右遺族年金受給済み分ないし同受給確定分が合計七一四万一七一三円であることは当事者間に争いがない。

ところで、被害者が不法行為によって死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって第三者に対して損害と同質性を有する利益を内容とする債権を取得した場合は、当該債権が現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるときに限り、これを加害者の賠償すべき損害額から控除するのが相当である(最高裁昭和六三年(オ)第一七四九号平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻四号三〇三九頁参照)。

そして、前記のとおり、障害年金は、当該障害年金受給権者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと認められるところ、障害年金の受給権者が死亡した場合にその遺族に対して支給される遺族年金も、障害年金の受給権者の収入により生計を維持していた遺族に対する損失補償ないし生活保障の目的をもって給付されるものであるから、障害年金と遺族年金とはその目的及び機能において同質性を有することは明らかである。

したがって、障害年金受給権者が不法行為によって死亡し、その得べかりし障害年金相当の損害賠償請求権を取得した相続人である遺族が同時に遺族年金の支給を受ける権利を取得したときは、右相続人の加害者に対する損害賠償請求権額の算定に当たっては、遺族年金が現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実である限り、その額を損害賠償請求権額から控除すべきである。

そして、国民年金法及び厚生年金保険法によれば、年金の支給は、年金を支給すべき事由が生じた月の翌月から始め、権利が消滅した月で終わるものとされているところ(国民年金法一八条一項、厚生年金保険法三六条一項)、被控訴人とみ子について遺族年金の受給権が消滅すべき事由が発生したとの主張のない本件においては、被控訴人とみ子は、当審口頭弁論が終結した月である平成八年八月の受給分まで、遺族年金の支給を受けることが確定していたものであり、右受給分までは遺族年金が現実に履行されたと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるといえる。

そうすると、被控訴人とみ子の、平成四年八月分から平成八年八月分までの遺族年金受給済み分ないし同受給確定分合計七一四万一七一三円は、被控訴人とみ子の損害賠償請求権額から控除することとなる。

なお、控訴人は、右のほか当審口頭弁論終結の月より後の月において確定し支給される遺族年金をも右損害賠償請求権額から控除すべきであると主張するが、国民年金法及び厚生年金保険法によれば、障害年金受給権者の相続人が遺族年金の受給権を取得した場合においても、その者の婚姻あるいは死亡などによって遺族年金の受給権が消滅することがあり得る(国民年金法四〇条、厚生年金保険法六三条)から、支給を受けることが未だ確定していない遺族年金については、現実に履行されたと同視し得る程度にその存続が確実であるということはできず、控訴人の右主張は採用できない。

六  被控訴人らの固有の慰謝料

博信及び被控訴人らの年齢、性別、被控訴人らと博信との身分関係、本件事故の態様、本件事故当時の博信の健康状態、本件事故当時の博信と被控訴人らの生活状況、本件事故後の被控訴人らの生活状況その他本件において現われた諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人とみ子に対する慰謝料は六〇〇万円、被控訴人友美及び同欣也に対する慰謝料は各三〇〇万円とするのが相当である。

七  葬儀費用

被控訴人とみ子が、博信のための葬儀費用として一二〇万円を要したことは、当事者間に争いがない。

八  弁護士費用以外の被控訴人らの損害賠償債権額

以上によれば、被控訴人とみ子は、相続に係る損害賠償請求権額八八四万二二九七円に固有の慰謝料六〇〇万円及び葬儀費用一二〇万円を加え、さらに受給確定に係る遺族年金額七一四万一七一三円を控除した残額八九〇万〇五八四円の損害賠償請求権を有し、被控訴人友美及び同欣也は、相続に係る各損害賠償請求権額四四二万一一四八円に各固有の慰謝料三〇〇万円を加えた各七四二万一一四八円の損害賠償請求権を有するものである。

九  弁護士費用

被控訴人とみ子は、本件訴訟の提起及び追行を被控訴人ら代理人に委任し、その報酬を被控訴人とみ子が支払うことになっている(弁論の全趣旨)ところ、本件事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情及び右弁護士費用についても本件事故発生日からの遅延損害金を請求していることを考慮すると、被控訴人とみ子が控訴人の本件不法行為と相当因果関係のある損害として控訴人に賠償を求め得る弁護士費用の額は一九四万円とするのが相当である。

一〇  結論

以上のとおりであるから、被控訴人とみ子の請求は一〇八四万〇五八四円及びこれに対する不法行為の日である平成四年七月一六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被控訴人友美及び同欣也の各請求はいずれも各七四二万一一四八円及び前同様の各遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきであって、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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